ブルーノ・タウトの見た六郷のカマクラ・竹うち 1936年
時間:9:00-17:00(土日祝日定体)
会場:北のくらし研究所
入場料:300円
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2025.02.11





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美郷町六郷で国指定重要無形民俗文化財鎌倉時代から続く祭り竹うち・天筆焼きの季節になりました。
遡ること1936年2月に、建築家ブルーノ・タウトがこの地を訪れています。そこで目にした地域の祭事や慣習の数々。タウトの視点をキタクラに集まる民具や工芸品から紐解く展示を、北のくらし研究所にて開催いたします。
ブルーノ・タウトの見た
六郷のカマクラ・竹うち
1936年
ブルーノ・タウトが秋田のまちを訪れ綴った著書「日本の美再発見」には、現在の美郷町六郷のくらしにも繋がることばのエッセンスが多数散りばめられています。この北のくらし研究所には、町のあちこちから当時の様相を彷彿とさせる品々が日々集まります。それらはこの
町の歴史文化を今につなげる重要な存在としてこの場所でていねいに磨かれ、息を吹き替えし大切に設えられています。
本企画では、それらの所蔵品たちや、北のくらし研究所が深い関わりを持つ「美郷わらの会」からお借りしたわら民具蒐集家の一ノ宮氏のコレクションなどを用いてタウトが捉えた視点を再現しました。
著書には2月に開催される美郷町六郷のカマクラや竹うちの記載もあり、当時のくらしをタウトの目を通して感じていただければ幸いです。

【 企画展にあたりわいないきょうこよりメッセージ 】
この時代に日本に現れ活躍していた シャルロット・ペリアン そして 上野リチ。
これら2人のクリエイターに大いに影響を受けている私にとってはずっと不可解な人物だったのがブルーノ・タウトでした。色々と英文文献を調べると出版された本は日本で篠田秀雄氏が1938年のタウト没後にエリカ・タウト夫人から日本に関する著書、日記の原稿を託され、整理し翻訳によって出版されたものが一冊。
せめて冬の秋田の部分だけでも元言語からの再翻訳を試みようとしたのですが、海外では出版されていないものが多く、オリジナルの文献はなかなか顔を出してくれません。
そんな中、美郷町にて150年の歴史を紡いできた酒蔵、栗林酒造店の所蔵する書物の中に、タウトの著書「日本の美再発見」書評に記載された文献「JAPAN PHOTO ALMANAC (大東亜写真年報)1938」を発見したことから、当時の地域文化の海外への伝播の様子を知ることとなりました。この本との出会いにより、本展の表現の視界が開けたように感じます。
タウトが綴った秋田のまちの様相には当時を思い起こさせながら、今の美郷町にも繋がることばのエッセンスが多数散りばめられています。
そして北のくらし研究所にはこの町のあちこちから、当時のくらしを彷彿とさせる品々が集まっています。それらは美郷町の歴史文化を今につなげる重要な要素であり、この場所で丁寧に磨かれ、息を吹き替えし大切に設えられます。
本企画では、それらの所蔵品たちや、北のくらし研究所が取組みの継続や発展に深い関わりを持つ「美郷わらの会」、わら民具蒐集家の一ノ宮氏のコレクションを用いながらブルーノ・タウトの視点を再現します。2月に開催される六郷のカマクラ、たけ打ちの記載もあり、当時のくらしをタウトの目を通して感じていただければ幸いです。
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ブルーノ・タウト(1880 – 1938 年)
ドイツの都市計画に数多く参画した建築家。1933 年日本インターナショナル建築会の招聘で来日。3 年半日本に滞在。その間に仙台や高崎で工芸指導を行うと共に、桂離宮や伊勢神宮などの建築様式、日本文化に独自性を高く評価した「日本美の再発見」などを著した。作中に秋田の滞在も記載されている。日本滞在のあとはトルコ、イスタンブールに転地する。
日本滞在の最中 1936 年 2 月7日にブルーノ・タウトは旧美郷町六郷にも来訪。大曲の綱引き、横手のかまくら、梵天祭を巡った。
ブルーノ・タウトの見た
六郷のカマクラ・竹うち 1936年
2月10日(月)〜 3月10日(月) 9:00-17:00(土日祝日定体)
【 住所 】
秋田県仙北郡美郷町六郷字上町21番地
【 入場料 】
300円(コーヒー付きチケット500円)
【 主催 】
北のくらし研究所
【 電話番号 】
0187-73-8185
【 メール 】
info@kitanokurashi.jp